サービス倫理と持続可能性

サービスの共同創造(Co-creation)における倫理:利用者参加の促進と公正なプロセス

Tags: 共同創造, サービス倫理, 利用者参加, 公正なプロセス, NPO

サービスの共同創造(Co-creation)とは何か、その倫理的意義

ポストコロナ社会において、人々のニーズは多様化し、サービスの提供形態も複雑性を増しています。このような状況下で、サービスの質を高め、より利用者の生活や状況に即した支援を実現する手段として、「共同創造(Co-creation)」という概念が注目を集めています。共同創造とは、サービス提供者と利用者が対等なパートナーとして、サービスの企画、開発、提供、評価といった一連のプロセスに共に主体的に関わるアプローチを指します。

このアプローチは、利用者中心のサービス設計を促進し、ニーズとのミスマッチを防ぐだけでなく、利用者のエンパワーメントや主体性の向上にも寄与するポテンシャルを秘めています。特に社会福祉分野においては、支援の受け手である当事者の声や経験をサービス設計に直接反映させることで、より効果的で持続可能な支援モデルを構築するための重要な手法となり得ます。

しかしながら、共同創造は単に「利用者の意見を聞く」こと以上の複雑なプロセスであり、そこには避けては通れない倫理的な課題が存在します。誰を、どのようにプロセスに巻き込むのか、力の非対称性にどう向き合うのか、情報はどのように共有・管理されるべきかなど、公正かつ倫理的な共同創造を実現するためには、深く考察すべき論点が多々あります。本稿では、サービスの共同創造における倫理的課題に焦点を当て、利用者参加を促進しつつ、公正なプロセスを確立するための視点と具体的な提言を行います。

共同創造プロセスに潜む倫理的課題

共同創造は理想的なアプローチに見える一方で、その実施過程においてはいくつかの倫理的な落とし穴が存在します。

1. 参加者の選定と包摂性の問題

共同創造のプロセスに参加できるのは、情報やアクセス手段を持つ一部の利用者に限られがちです。情報格差やデジタルデバイド、あるいは社会的な孤立といった状況にある脆弱な立場の人々は、共同創造の機会から排除されてしまう可能性があります。その結果、サービス設計が「声の大きい利用者」や「参加しやすい利用者」の意見に偏り、最も支援を必要としている人々のニーズが見過ごされる恐れがあります。これは、共同創造が目指すはずの「多様なニーズへの対応」や「インクルーシブなサービス」という目標と矛盾する倫理的な課題です。

2. 力の非対称性と自己決定権の尊重

サービス提供者と利用者の間には、情報の量や専門知識、立場において構造的な力の非対称性が存在します。共同創造のプロセスにおいて、提供者側が無意識のうちに議論を誘導したり、利用者の意見を軽視したりする可能性があります。利用者が「顧客」や「受益者」という従来の立場から抜け出せず、対等なパートナーシップを築けない場合、真の意味での共同創造は実現しません。利用者の自己決定権を尊重し、彼らが安心して本音を語り、主体的に関われる環境をどのように整備するかは、倫理的に極めて重要な課題です。

3. 情報の取り扱いとプライバシー

共同創造のプロセスでは、利用者の個人的な経験や状況に関する情報が共有されることが少なくありません。これらの情報が適切に管理されず、プライバシーが侵害されたり、意図しない形で利用されたりするリスクが存在します。どのような情報が、誰と、どのような目的で共有されるのかについて、明確な説明と同意が不可欠です。また、匿名性の確保やデータ保護の仕組みについても、倫理的な配慮が求められます。

4. 期待値の管理と説明責任

共同創造のプロセスは、必ずしもすべての参加者の期待を満たす結果につながるとは限りません。参加者は自分たちの意見がサービスの改善に直結すると期待する一方で、リソースの制約や全体のバランス考慮から、すべての提案が実現するわけではありません。プロセスを通じて生じる期待値を適切に管理し、なぜ特定の意見が採用されなかったのか、共同創造の成果がどのように活用されるのかについて、透明性を持って説明する責任が提供者側にはあります。説明責任を果たさない姿勢は、参加者の失望や不信感を招き、倫理的な問題となり得ます。

公正な共同創造プロセス実現のための提言

共同創造が倫理的な問題を引き起こすリスクを回避し、そのポテンシャルを最大限に引き出すためには、意図的かつ構造的な倫理的配慮が不可欠です。

1. 包摂的な参加機会のデザイン

共同創造のプロセス設計において、まず誰が参加できていないのか、なぜ参加できていないのかを深く分析する必要があります。情報格差やデジタルデバイドへの対応として、オンラインだけでなくオフラインでの参加機会を提供したり、ITリテラシー支援を行ったりすることが考えられます。また、時間や場所の制約、経済的な負担(交通費、謝礼など)を軽減するための配慮、障害や言語の違いに応じた合理的配慮も不可欠です。特定の利用者層に限定せず、多様な背景を持つ人々への積極的なアウトリーチを行い、参加を促すための努力が求められます。地域におけるNPOなどが持つネットワークや信頼関係は、包摂的な参加を実現する上で大きな力となります。

2. 参加者のエンパワーメントと安全な対話空間の確保

参加者が提供者と対等な立場で意見を述べられるように、彼らの知識やスキルを支援するワークショップや情報提供を行うことが有効です。また、心理的な安全性を確保した対話空間を設けることが極めて重要です。誰もが安心して自分の経験や考えを共有できるようなファシリテーション技術や、参加者間の相互尊重を促すルール設定が求められます。力の非対称性を意識し、提供者側が謙虚な姿勢で臨み、利用者の声に真摯に耳を傾ける姿勢が不可欠です。

3. 透明性の高い情報共有と明確な同意形成

共同創造の目的、プロセス、期間、期待される成果、そして共有される情報の範囲と利用方法について、参加者に対して事前に、分かりやすく、正直に伝えることが倫理的な基盤となります。参加の同意は、これらの情報を十分に理解した上で、自由な意思に基づいて行われるインフォームド・コンセントの原則に基づいているべきです。匿名での参加や、プロセスの途中で参加を取りやめる自由なども保障されるべきです。

4. 倫理ガイドラインの策定とスタッフ研修

共同創造に携わる全ての関係者が参照できる、明確な倫理ガイドラインを組織として策定し、共有することが推奨されます。このガイドラインには、参加者の権利、情報の取り扱い、力の非対称性への配慮、葛藤が生じた際の対応などが盛り込まれるべきです。また、共同創造を円滑かつ倫理的に進めるためのスタッフ研修を定期的に実施し、倫理的感受性やファシリテーションスキルを向上させることも重要です。

5. 外部評価・提言の活用

共同創造のプロセス全体を客観的に評価し、改善のための提言を得るために、第三者機関や倫理の専門家によるモニタリングや評価を導入することも有効な手段となり得ます。これにより、プロセスが特定の意図に偏ったり、潜在的な倫理的問題が見過ごされたりすることを防ぐことができます。

結論:倫理的な共同創造が拓くサービスの未来

サービスの共同創造は、利用者中心のサービス設計や、変化する社会ニーズへの柔軟な対応を可能にする強力なアプローチです。しかし、その導入は、参加者の包摂性、力の非対称性への配慮、情報の適切な管理、期待値の管理といった、多くの倫理的課題を伴います。

これらの課題に真摯に向き合い、包摂的な参加デザイン、参加者のエンパワーメント、高い透明性、そして明確な倫理ガイドラインに基づいた公正なプロセスを確立することが、倫理的な共同創造を実現するための鍵となります。特に社会福祉分野のNPOや専門家は、現場で培った利用者との信頼関係や、脆弱な立場にある人々のニーズに関する深い理解を活かし、より倫理的で公正な共同創造の実践をリードしていくことが期待されます。

倫理的な配慮を欠いた共同創造は、かえってサービスへの不信感を招き、格差を固定化するリスクすらあります。サービス提供者、利用者、そして市民社会全体が共同創造に内在する倫理について深く議論し、より公平で、包摂的で、持続可能なサービスを共に創造していくことが、ポストコロナ社会における私たちの重要な責務であると考えられます。