サービス倫理と持続可能性

サービス利用者が直面するスティグマの倫理:公正で尊厳ある支援のあり方

Tags: スティグマ, サービス倫理, 尊厳, 公正な支援, 社会福祉

サービス利用者が直面するスティグマの倫理:公正で尊厳ある支援のあり方

ポストコロナ社会において、社会情勢の変化やテクノロジーの進化は、人々の生活様式や社会との関わりに大きな影響を与えています。同時に、経済的困窮、孤立、心身の健康問題など、様々な困難を抱える人々が抱える課題は一層複雑化・多様化しており、社会福祉サービスへのニーズは高まっています。こうした状況下で、サービス利用者が直面する「スティグマ(Stigma)」の問題は、サービスの倫理的な提供と持続可能性を考える上で避けては通れない重要な課題です。

スティグマとは、特定の属性や状態(例えば、疾患、貧困、障害、特定のサービスの利用など)に対して社会的に貼られる負の烙印であり、偏見や差別を生み出す原因となります。サービスを利用すること自体が、こうしたスティグマに晒されるきっかけとなる場合があり、これは利用者の尊厳を深く傷つけ、必要な支援へのアクセスを妨げる倫理的な問題を引き起こします。

本稿では、サービス利用者が直面するスティグマがもたらす倫理的な課題に焦点を当て、公正で尊厳ある支援を実現するための視点や、サービス提供者、そして組織として取り組むべき具体的な方向性について考察いたします。

サービス利用に伴うスティグマとその倫理的影響

社会福祉サービスの利用は、多くの人にとって困難や脆弱性を抱えている状況を公にすることと結びつきがちです。これにより、以下のような様々なスティグマに直面する可能性があります。

これらのスティグマは、単に感情的な不快感に留まらず、サービス利用者の生活やサービスへのアクセスに深刻な倫理的な影響を及ぼします。

これらの倫理的な課題は、サービスが本当に必要としている人々に届かない状況を生み出し、社会全体の持続可能性を損なう要因となります。

スティグマ軽減に向けた倫理的なサービス提供の視点

スティグマの問題に対処し、公正で尊厳あるサービス提供を実現するためには、サービス提供者個人の意識と、組織としての取り組み、そして社会全体での意識変革が必要です。

サービス提供者に求められる視点と実践

サービス提供の最前線に立つ専門家は、自身の内に潜む無意識のバイアスやスティグマの存在に気づき、それに向き合う姿勢が不可欠です。

  1. スティグマに関する知識と自己点検: スティグマがどのように形成され、利用者にどのような影響を与えるかについて学びを深めること。そして、自身の言葉遣い、態度、利用者に対する期待などに無意識の偏見がないか、常に自己点検を行うことが重要です。
  2. エンパシーとリフレクションの実践: 利用者の立場に立ち、スティグマを経験することの辛さや困難さを理解しようと努めること。また、自身の支援のあり方や利用者との関わり方について、定期的に振り返り(リフレクション)を行うことで、より倫理的な実践へと繋げることができます。
  3. 非言語的コミュニケーションへの配慮: 言葉だけでなく、表情、声のトーン、身体的な距離などが、利用者にスティグマを感じさせないか配慮すること。安心感と信頼関係を築く丁寧なコミュニケーションを心がけます。
  4. ストレングス(強み)ベースのアプローチ: 利用者の困難さや課題だけでなく、その人が持つ力、スキル、回復力などに焦点を当てることで、利用者の自己肯定感を高め、スティグマによるネガティブな自己認識を乗り越える支援を行います。
  5. 情報提供の倫理: 情報格差やデジタルデバイドが存在する中で、利用者が自身の状況や選択肢について正確かつ十分に理解できるよう、丁寧で分かりやすい説明を心がけます。不利な情報開示によるスティグマのリスクを軽減し、インフォームド・コンセントが倫理的に機能するよう支援します。

組織に求められる役割と提言

スティグマは個人の偏見だけでなく、組織の文化、サービス設計、運用プロセスにも根ざしている場合があります。組織としてスティグマ軽減に取り組むことが、持続可能なサービス提供の基盤となります。

  1. 倫理規範・ガイドラインの策定と研修: スティグマ防止に関する明確な倫理規範やガイドラインを策定し、全職員がその内容を理解し実践できるよう、継続的な研修を実施します。外部講師を招いた研修や、事例検討を通じて、具体的な対応方法を学ぶ機会を提供することも有効です。
  2. サービス設計・運用の見直し: スティグマを生み出す可能性のあるサービスへのアクセス方法、手続き、利用条件などを倫理的な視点から見直します。例えば、申請書類の様式、窓口での対応、情報発信の方法などが、利用者に心理的な負担や羞恥心を与えていないか検討が必要です。デジタル化を進める際も、デジタルデバイドが新たなスティグマを生み出さないよう、アナログな手段との組み合わせや丁寧なサポート体制を設計することが重要です。
  3. 組織文化の醸成: 利用者の多様性を肯定的に捉え、スティグマや差別に対して組織全体で異議を唱える風土を醸成します。管理職が率先して倫理的な姿勢を示すこと、職員同士が互いの実践について倫理的な視点から話し合える機会を設けることなどが効果的です。
  4. ピアサポート等、当事者のエンパワメント支援: 同じような経験を持つ当事者同士が支え合うピアサポート活動や、利用者が自身の経験を語り、社会に発信する機会を設けることは、スティグマに対抗し、エンパワーメントを高める上で非常に有効です。組織として、こうした活動を積極的に支援・連携することが求められます。
  5. 社会への啓発活動: サービス利用者が直面するスティグマは、社会全体の無理解や偏見に根ざしています。NPOなどの市民社会組織は、アウトリーチや情報発信を通じて、特定の困難やサービス利用に対する社会の理解を深め、スティグマを軽減するための啓発活動を積極的に行う役割を担います。

結論

サービス利用者が直面するスティグマは、単なる個人的な感情の問題ではなく、必要な支援へのアクセスを妨げ、利用者の尊厳を傷つけ、サービスの質と持続可能性を低下させる深刻な倫理的課題です。情報格差やデジタルデバイドが深化する現代社会においては、この課題への対応がより一層重要になっています。

公正で尊厳ある支援を実現するためには、サービス提供者一人ひとりが自身の倫理観を問い直し、無意識の偏見に気づく努力を続けること、そして組織全体としてスティグマを生み出さないサービス設計・運用に取り組み、スティグマに対抗する倫理的な文化を醸成することが不可欠です。NPOや社会福祉分野の専門家には、現場での実践を通じてスティグマの構造に気づき、具体的な対応策を実行するとともに、社会全体への働きかけを行うことが期待されています。

スティグマの軽減に向けた継続的な倫理的実践こそが、誰もが安心して必要なサービスにアクセスでき、尊厳を持って生きられる包摂的な社会の実現に繋がる道であると確信しています。

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